
クリップバンド外れについて考える〜競輪用ペダルの仕組み編〜
さあ、7名の選手が発走台につきました。
構えての号令、いま号砲が鳴りまし…お〜っと手を挙げている選手がいます。
お知らせいたします、ただいまのレースは再発走いたします…。
このくだり、競輪を見ていたら1度は経験した事があるのではないでしょうか。
こういう事態、大多数は、選手がスタート時に全力でペダルを引き上げる際にクリップバンドから足が外れてしまう事で起こります。
まれに、クリップバンドが切れてしまったり、スタートの負荷で選手が怪我をしてしまう事もありますが、まあ9割はバンド外れが原因ですね。
検車を通過している以上、バンドの切れは製品の品質による運の要素が大きいですし、発走時の怪我は腱や腰を痛める大怪我に繋がることが多いので、選手の立場としては許して欲しいところではあります…。
とはいえ、どんな形であれ再発走は次のレースまでの間隔を圧迫してしまい、車券販売の時間が短くなってしまうなど、お客様の時間を奪ってしまうのはもちろん、売上にも影響を与える行為です。
我々もやりたくてやる訳ではないのですが、恐らく見ているお客様の立場からすると
「何年選手やってんだ!」
「しっかり締めるだけの事が何故できないんだ」
と思うことでしょう。
クリップバンドはなぜ外れるのか、そもそも競輪用のペダルは、脚をどうやって固定しているのか。
皆さん、競輪用自転車のペダルについて、ぼんやりとは知っておられるかもしれませんが、間近でしっかりと見てシステムを理解している方って少数派だと思います。
今回はそんなペダル周りの部分にフォーカスを当ててみます!
では早速、競輪用ペダルをご覧下さい。
うわっ、錆びてる…。
とりあえず手元にあるペダルを撮影しましたが、もちろんこれは街道練習用のものです。
10年近く使って錆びていますが、モノとしては普通に使えます。
以前、フレームは修理すれば一生使える話をしましたが、競輪用部品もめっちゃ丈夫なんです。
ペダルをはじめとする足回り部品なんて、本当に頑丈ですよ…。
なんて話は置いておいて、本番用はこちら。
影になっていて写りが微妙ですが、ちゃんとピカピカです(笑)。
一応、横や裏の写真も貼っておきますね。
うーん、なんだか写真を見ても分かりにくいですね?
まあ、この後はバラして詳細写真を貼っていくので、一旦許してください(笑)。
ちょっと暗い? 撮り直せよって? うるせえ!
さて、競輪用のペダルは、基本的に3つの部品で構成されています。
それでは、非常に面倒くさいのですが、当記事のためにわざわざバラしていきましょうか…(おしつけがましい)。
まずは、つま先部分の部品「トウクリップ」です。
この部品、トークリップであったりトゥークリップであったり表記ぶれがある部品なのですが、発売元であるMKS 三ヶ島製作所の製品HPにはトウクリップと記載されているので、今回はこれで行こうと思います。
なにせ、英語でつま先を意味するtoeをクリップする金具部品です。
商品には鉄製とアルミ製があって、好きなほうを選びます。
この部品がある事により、ペダルの前後方向が確定し足を入れやすくなり、そして後述するバンドのガイドとなるのです。
続いてはこちら。
クリップバンドです。
超シンプルな構造の革ベルトです。
これをペダル横の穴とクリップバンドに通し、足を締め付ける事でペダルと足が固定されます。
すなわち、実質、身体と自転車を物理的に繋いで固定している部品って、このクリップバンドだけということになります。
競輪選手が放つとてつもないトルク、パワーをこのベルト1本が繋ぎ、支えているという訳ですね。
ある意味、点の力だけで言えば競輪用自転車のパーツの中で最も頑張っているかもしれない、影の功労者なんですよ。
一応、ダブルバンドという2本のバンドで締め付けるバージョンもあるのですが、ぼくは使った事がないので今回は割愛させてもらいますね。
金具部分はこういう構造。
パカッと開く、洗濯バサミみたいな感じです。
このトゲトゲのクリップが革ベルトに突き刺さる事で、締め付け時に引っ張る事はできても、緩むことはないという単純にして完璧な機構となっているのです。
そして、最後に本体部分です。
3点目はもちろん、ペダル本体。
MKS 三ヶ島製作所の「ロイヤルヌーボ」というペダル。
他にもNJS(競輪で使用できる認定部品)に登録されているペダルはいくつかあるのですが、形だけで言えばロイヤルヌーボがスタンダードですかね。
とはいえ、軸の長さや形が違うだけで、仕組みはほとんど同じです。
さて、このペダルにどうやって足(シューズ)を固定するかと言うと…。
シューズの裏がこうなっています。
この、ロードバイク界隈ではクリートと呼ばれるペダルとシューズを接続する部品、競輪界では桟(さん・サン)と呼ばれます。
まあ、クリートという単語は「ものを固定するための留め具」を意味するそうなので、クリートの中の競輪用クリート=桟というジャンルの部品という事になります。
なんならクリートと呼ぶ選手もいますし、桟ではなくクリートでも勿論伝わりますよ。
で、桟の溝をプレートにぶち込みます。
こんな感じ。
見やすいようにバンドを外して撮影していますが、もちろんバンドが付いている前提ですよ(笑)。
あとは、バンドを締めるだけです。
先述した通り、バンドは締め付ける際は引っ張るだけで緩まない仕組みになっているので、上に向かって全力で引っ張って締め付けるだけですよ。
そして、万が一にも外れないように、金具に下向きに引っ掛けて、写真の状態になるって訳です。
競輪ペダルの仕組み、ご理解頂けましたか?
仕組みとしては、案外単純ですよね。
さて、ペダルに足を固定する仕組みの説明が長くなりましたが、本題の「なぜバンド外れが起こるか」です。
理由は簡単、バンドの締め付けが甘いからです。
そりゃそうだわな。
これ、競輪選手のヒューマンエラーでしかないと言いたいのですが、もう一度ペダルの裏側をご覧下さい。
この部分。
ペダルの裏側にバンドが通っている部分なのですが、まれにこの部分にゆるみがある状態でレース本番を迎えると、裏側はゆるんだまま、上部のシューズと接している部分だけが締まる事があるんです。
つまり、こんなに裏側にゆとりがある状態でも、シューズ側は結構しっかり締まるんです。
ある意味、このクリップバンドという商品の滑り止め性能の高さを示しているのですが…。
停止状態では締まった感じになるのですが、当然この状態でスタートしてしまうと、このゆるみが全力で引っ張られてシューズ側のゆるみになり、足がすっぽ抜けるのです。
そんなもん、ちゃんと確認してから発走機に向かえよ! と我々も思うのですが、この部分はなかなか目が届かない部分だったりします。
と言うのも、選手の立場からすると、レースの前には指定練習があり、ウォーミングアップのローラーがあり、脚見せがあり…と、レース当日に何度もこのバンドを締めたり緩めたりしているのです。
たまに、この締めたり緩めたりの繰り返しの中で、先述した裏側のゆるみが生じる事があるんです。
また、発走直前には検車員による目視確認が行われますから。
責任転嫁する訳ではありませんが、選手だけのヒューマンエラーだけではなく、色んな人が見ても見落とすレベルのゆるみが原因でバンドが外れる事も無きにしも非ず。
とはいえ、発走前には、係員から重ねて「シューズの桟、クリップバンドの確認をしてください」と言われるので、まあ確認していない選手が悪いという事にはなるか。
うーん、やっぱ選手が悪い!←手のひらクルクル
ぼくは発走機についてから、この緩みがでないようペダルの中で足をこねこねする(伝わりにくい表現)事で、ゆるみがないか再度確認しています。
ぼく自身、いまのところバンドが外れた事はありませんが、バンド外れには数回立ち会った事があります。
同乗している選手としても、仕切り直しをするのはちょっと拍子抜けしてしまいます。
冒頭にも書きましたが、これが原因で車券発売時間が圧迫され、お客様はもちろん施行にも迷惑をかけてしまいますから…。
本当に、気をつけないといけませんね。
このクリップバンド外れが起こる度に、ロード用のビンディングペダルなどを導入すればいいのではないか、なんて話が各所で話題に上がります。
そんなお話をしたいのですが、記事が長くなりすぎるので、次回に持ち越そうと思います(笑)。
って事で、次回はクリップバンド外れについて考える 〜後編〜 をお届けしますよ〜!
また次回、よろしくな!
1995年3月30日生まれ。滋賀県出身。 日本競輪選手会 奈良支部所属107期の競輪選手。現在はA級2班。同期には新山響平、山岸佳太、簗田一輝など。 ……以上はすべて仮初めの姿であり、本業は某アイドルのプロデューサーであるともっぱらの噂。 ドール、カメラ、声優など、さまざまな「沼」に足を踏み入れている。